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沿岸有数の高級リゾート地

 4月27日(月)は SITA のバスで、ポジターノへ向かい、そこに数時間滞在してから Metro del Mare のボートでソレントへ出て、その日じゅうに列車でナポリに戻る予定を立てていた。海側と山側からアマルフィ海岸の風景を楽しもうというプランだ。
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 ところが、アマルフィのバス停で知り合った日本人の中年のご夫婦と立ち話をしていると、この日は風のためにボートが欠航だとか。そこで急遽予定を変更して、ポジターノ→ソレント間もバスで移動することにした。

 ちなみに、このご夫婦、ご主人が定年を迎えたのを機に、イタリア人と結婚をしているお嬢さんの様子を見がてら、南部イタリアを18日間ほどかけて旅行しているのだという。互いに名前や職業を名乗ったりはしない、短い出会いではあったが、旅先で出会う日本人との情報交換はなかなか貴重なものである。特に日本語による旅行情報が少ない土地ではなおさらだ。

 アマルフィが沿岸一帯の観光・文化の中心地とすれば、ポジターノはよりリゾート地的な要素の強い街である。見るべき史跡や建築は限られるが、急峻な傾斜地に張りつく瀟洒な家並みが、地中海の陽光を反映する様子は、あたかも「宝石箱」のようだというのだ。

 バスはいろは坂のようなクネクネとした山道を飛ばしながら、40分ほどでポジターノの街に到着した。
 アマルフィ海岸一帯を詳説した日本語ガイドブックアマルフィ・エクスルーシブガイドによれば、アマルフィからポジターノの途中にも、フィヨルドの入江で知られるフローレ(Furore)や、黄昏の光景が美しいプライアーノ(Praiano)という街がある。むろん、それぞれ異なる特徴をもつが、初めて旅行する人間には、みな同じような街並みに見えるかもしれない。こちらの路線バスは、次の停留所などをアナウンスしないことが多いので、途中下車の人はくれぐれも降りる場所を間違えないように。

 ともあれ、ポジターノである。ソレントまで直行するという先のご夫婦に車中で簡単な別れを告げると、私たちはバスを降りた。停留所は高台にあって、そこからゆるゆると坂を下っていくと、しだいにポジターノの街と海の風景が開けてくる。おお、これぞリゾート。たしかに、ここは、アマルフィに劣らぬ美しい「宝石箱」である。

 その情景に興奮を覚えつつ写真を撮っていると、ピッツアの箱を抱えた日本人女性に声をかけられた。
「ここまで来る日本人はまだ珍しいわ。私はこの街が好きで、もう2度目」
 と、親切にも、ポジターノの街をバックに私たちの写真を撮ってくれた。

 S曰く、「いつかテレビで見たことのある人かも……」と。私には見覚えがなかったのだが、帰国後、Sが調べると、美容皮膚科の女医さんのようである。たしかに5月、6月のブログで、リピーターならではの視点からみたポジターノの魅力を存分に語ってらっしゃる。読者の参考にもなるかと思うので、リンクを貼っておく。その節はありがとうございました。この場を借りてお礼をいたします。

ポジターノのランドマークともいえる、サンタマリア・アッスンタ教会。クーポラはマヨルカ焼のタイルで美しく装飾されている。

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P1020187.JPGicon_bl_02.png SITAのバス
SITAはフィレンツェに本拠を置く、国内主要都市を結ぶ長距離バス(Pullman)の会社。ヴェネト州、トスカーナ州、ラツィオ州、カンパー二ア州、プーリア州、バジリカータ州内の地方路線を運営するほか、イタリア南北を結ぶ路線や国際路線を持つ。ホームページで時刻表を調べることができる。

ポジターノの猫

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 ポジターノにも古い歴史があって、古代ローマ時代にはすでに海岸近くに豪奢な邸宅が置かれていたという。10世紀初頭、イスラームの進攻を受けた沿岸地域の人々がポジターノ周辺に移り住み、断崖と迷路の要塞都市を造るようになった。16〜17世紀には、アマルフィに劣らぬ強力な艦隊と航海技術を駆使して、輸入貿易で栄えた。

 リゾート地としての再発見は、第一次世界大戦後のこと。ロシアやドイツの芸術家が移り住み、その作品を通してその魅力を伝えた。第二次世界大戦後も、映画監督や画家・作家が、寂れていた邸宅や修道院、教会などを修復して住むようになり、避暑地、観光地としてその魅力はしだいに西欧諸国に知られるようになったという( 『アマルフィ・エクスルーシブガイド』 より)。

 私たちのように短時間の通過ではなく、やはりここもまた、数日にわたる滞在、できれば何もしない数日間こそがふさわしいのだろう。

 海水浴場に続く急峻な階段状の路地の途中には、土産物屋だけでなく、こジャレたブティックや、アート・ギャラリーなどもある。壁や床に直接、絵が描かれていて、テラスがそのままギャラリーになっているようなゾーンもあった。昔のお金持ちの邸宅をリノベーションしたような、高そうなレストランも何軒かみかけた。

 夏の盛りにはもっと人で賑わうのだろう。ただ、まだ4月の終わりのこと。観光客もさほど多くはなく、物売りの声も静かだ。午後の青い海と陽光の下で、人々が心地よくシエスタ(昼寝)している、そんな街だった。

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 路地を歩いていると、猫や犬に出会った。野良ではなく、誰か別荘の住人のペットなのだろう。バス停近くの坂道には、精巧なライオンの彫刻もみかけた。
 生きて呼吸する者も、石の中に留まる者もみな、地中海リゾートの時間をのんびりと過ごしている。

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P1020243.JPGicon_bl_02.pngポジターノのレストラン 「Hotel Bucca Di Bacco」

 ポジターノのランチは、メインビーチの目の前にある四つ星ホテル「Hotel Buca Di Bacco」内のレストランでとった。前菜は「アーティチョークのカルパッチョ」(写真)。メインが「パルメザンチーズとポルチーニ入りのリゾット」および「トマトとペコリーノ(羊乳チーズ)のスパゲッティ」。それに、コーヒーと水+サービス料で48。前菜、リゾット、スパゲッティ、いずれもたいそう美味しい。日に日に食べるものが旨くなっていく、南イタリア旅の幸福を実感したものだ。

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